スーフィーたちは唄う。説教はしない。
<生>は歌により近いもの。説教のようなものではないからだ。

そしてまた彼らは踊る——。教義の話などしない。
なぜなら踊りの方がずっと生気にあふれ、<実在>に近いからだ。
樹々の上で唄う鳥たちに、こずえを渡るそよ風に近いからだ。
ほとばしり落ちる滝に、雨を含んだ雲に、生い茂る草むらに近いからだ。

<生>全体が一つの踊り——、無限なる生命に胸を高鳴らせ息づく踊りだ。

スーフィーたちは踊ることを好む。
彼らには教義には関心がない。
それにまた彼らは美しいストーリーを語る人々だ。

<生>はストーリーによく似ている。
歴史(ヒストリー)にはあまり似ていない。
スーフィーたちは短いが美しい話を創り出した。
その表面だけを見るとしたらあなたがたは中身を見落とす。

表面的にはそれはごくふつうの逸話(ストーリー)のようにみえる。
が、もしその内に深く浸透していったら、
スーフィー・ストーリーは非常に多くを孕んでいることがわかってくる。
重大な意義<究極>なるものの意義を孕んでいることがわかってくる。

OSHO 「あなたが死ぬまでは」

 

Sufis sing, they don’t give sermons,
because life is more like a song and less like a sermon.

And they dance, and they don’t talk about dogmas,
because a dance is more alive, more like existence,
more like the birds singing in the trees, and the wind passing through the pines;
more like a waterfall, or clouds raining, or grass growing.

The whole life is a dance, vibrating, throbbing, with infinite life.

Sufis like to dance;
they are not interested in dogmas.
And they tell beautiful stories. Life is more like a story, less like a history.
And Sufis have created beautiful small stories.

On the surface, you may miss.
On the surface, it will look just like an ordinary anecdote.
But if you penetrate deep, Sufi stories are very much pregnant
– pregnant with significance, pregnant with the significance of the Ultimate.

 

OSHO 《Until you die》
Discourses on Sufi way