Hasan Basri ハサン・バスリー(642〜728)

ウマイヤ朝期(661〜750年)、バスラにいた公明な禁欲主義的思想家。父親はダシュテ・メイシャーン(現在のイラン南西部フーゼスターン地方のイラクとの国境付近)で捉えられた虜囚であったという。ハサン自身はメディナに生まれ、メディナ近郊のワーディル・クラーで成長した。バス等に移り住んですぐに、謹厳な禁欲的修道の徹底とウマイヤ朝政権に媚びぬ果敢な態度で知られるようになった。敬虔な人格、高潔な倫理観の持ち主であったハサンは、ウマイヤ朝第二代カリフ、ヤズィード一世の政権に真向から敵対したと言われる。また、第五代カリフ、アブドゥル・マリク(在位685〜705年)、及び、イラク総督として約20年間、高圧的支配を続けたハッジャージ・ビン・ユースフ(714年没)に宛てた書簡からも、ハサンの倫理的な勇敢さを知ることが出来る。

神のみが唯一が造物主であり、コーランさえも被造物であるとする学説を展開した、イスラーム最初の思弁神学ムウズゥラ派の重鎮が、当初、ハサンの教え子であったことが知られている。イスラーム自体の確立に決定的に重要な意味を持ったバドルの戦い(624年、預言者ムハンマドがメッカのクライシュ族を破った戦い)に参加した教友(サハーバ)(預言者ムハンマドの生存中、彼と接した人々を指す)、戦士70人に会ったと言われ、ハサンからのものとして伝えられるハディースも数多い。彼は、イスラーム世界における「禁欲」の思想的基盤を考える上で極めて重要な人物と言え、『宗教諸学の蘇り』で知られる大思想家ムハンマド・ガッザーリー(1111年没)は、ハサン・バスリーについて、彼の言葉は、預言者たちの言葉に似る、と語ったと言われる。

 

出典:「イスラーム神秘主義聖者列伝」(ファリード・ゥッディーン・ムハンマド アッタール 著、藤井守男 訳、国書刊行会)

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